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卒業研究

ボーカル楽曲の作詞作曲とアレンジに関する試行

音楽学部 音楽学科 音楽デザイン専修4年
学籍番号 1531031
氏名 金田正弘

 

はじめに
筆者がDAWに初めて触れたのは中学生の時で、当時は自分の好きな楽曲を耳コピしてアレンジし、楽譜を起こすのが主な使用目的であった。その後、アレンジ・リミックス楽曲やオリジナルインスト楽曲を制作し、動画サイトに投稿するようになった。オリジナルのボーカル楽曲を制作するようになったのは、物語の創作自体が好きで、その世界観やストーリーを音楽という媒体を用いて表現し、聞き手と共有したいという思いからである。そのため、オリジナルの楽曲は歌詞の有無を問わず、それぞれが物語の上に成り立っており、歌ものはほぼ詞先もしくは作詞と作曲を同時進行で作っている。今回は歌詞によりダイレクトに物語の世界観やストーリーが伝えられると思われるボーカル楽曲の制作手順について、作詞、作曲、アレンジの3つの観点から考察していく。

概要
楽曲
 「またあした」(卒業制作コンピレーションアルバム『DUO』収録)
使用DAW
 Cubase Pro 8.5
使用音源
 Steinberg HALion5
   Steinberg Groove Agent SE4(Cubase付属品)
   UVI Orchestral Suite
   INTERNET megpoid V4
制作環境
 PC FUJITSU LIFEBOOK AH53/R Windows8.1
 I/O Steinberg UR22
 Monitor FOSTEX PM0.4n
               audio-technica ATH-M50X 

「またあした」はオリジナル楽曲の中でも好評を得た曲の一つで、自身も気に入っている作品である。惹句は『夕闇の境内で小指を結ぶ、それがふたりのまた会う約束』である。絵本のようなストーリーと和の雰囲気を意識して制作した。

作詞
「またあした」の歌詞とあらすじを以下に示す。

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静かに根差す公孫樹(いちょう)の幹に もたれ見上げた青く繁る葉
指で足りない年月に 何度色付き 散っただろうか

ひとり眺めた街並みの月に誘われて そっと紡いだ言の葉が空へ溶けてく
いつか旅立つ人の子は籠に揺られて くるりくるりと飛ぶ鳥に腕を伸ばした

杜に映える朱(あか)色は朽ちることもなく 私のよう ただそこにある

始まり終わるひとすじの糸 ひとりぼっちの私を束ね
きっと季節は巡るから 今はただ待つだけ

ふたり並んだ通い路の花に誘われて じっと見つめた燈火(ともしび)が土へ染みてく

手を繋いで遊んでた石畳の上 君はいない でもそれでいいの

終わり始まるひとなでの風 ひとりぼっちで君を連れてく
きっと生命は巡るよね 今はただ待つだけ

君と私の縁(えにし)結んで 小さな世界に繋ぎとめたら
ずっと一緒に「またあした」 そんな未来を抱きしめた

夕焼け小焼けに影を落として 指切りげんまん 約束したね
昨日も今日も「またあした」 同じ場所で ふたりだけで

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昔の話。小さな村の寂れた神社に住む神様は少女の姿をしていた。
ある時、神様はひとりの少年と出会った。ふたりはすぐに仲良くなり、毎日のように一緒に過ごしていた。
日が落ちるまで遊んだふたりは、鳥居の前で約束を交わす。小指を結んで、またあした、と。
月日が流れ、少年の背が神様を越そうとしてきた頃。いくら待っても、少年がやってくることはなかった。幾星霜を歩む神とともに過ごすには、人の命は短すぎる。少年は大人になり、約束を思い出せなくなった。そうなることは知っていた。それでも寄り添っていたかった。
いつからか、神様は恋に落ちていた。
指では数え切れないほど季節が巡った後。人の子は旅立ち、誰にも見えなくなってしまった神様は、最後の約束が果たされる日を夢見て、今もなお、巡る季節をひとりぼっちで過ごしていた───

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「時間・命・出会いと別れと恋心」をテーマに、ひとりで過ごす寂しさや想い人を誰かに重ねてしまう未練、諦めていると自分に言い聞かせるもどこか期待してしまう弱さや人間臭さなどの要素を神様の独白という目線から作詞した。物語の主人公である神様の性格は記紀神話の様々な部分から取り出した。
作詞段階で楽曲としての構成を考え、音数を揃えるとともに、対応する言葉や押韻の位置関係の一致や、意図しない同一表現の回避など、詞が単体でも物語として成立できるようにした。

作曲
作曲
基本となるメロディ・コード進行・ビートの制作。
作曲(インスト)
メロディを抜いたものである。編曲の過程をわかりやすくするため各項と聴き比べてほしい。

和風曲かつポピュラー音楽としての耳馴染みを考え、ペンタトニックスケール(いわゆるヨナ抜き音階)をメインに使った。
声の運びや音のつながりのために主調D♭と平行短調B♭mの導音CとAも用いつつ、強拍のコードトーンを際立たせる2小節単位のゆったりとした旋律設計を意識した。
作曲段階はDAW上でもシンプルなベタ打ちのMIDIで、ストリングスもコードトラックからのコピー&ペーストのままになっている。またあした作曲-MIDI当然ながら、これでは曲調が平坦で変化に乏しく、薄くチープな音になってしまう。作曲と編曲を自己完結させているため、この段階ではメロディとコードも含め楽曲の叩き台といったところである。またあした作曲-音源

VSTインストゥルメント
[Strings] HALion5 – Warm Orchestral Strings (コードトラック)
[Piano] HALion5 – Bright Natural Grand
[Melo] HALion5 – Soprano Sax Solo (ガイドメロディ)
[Dr] Groove Agent SE4 – Ambience Kit 01
[Toms] HALion5 – Toms Select
[Vn] HALion5 – Violin Solo
[Vc] HALion5 – Cello Solo

編曲
段階-1
編曲1
ボーカルデータ挿入(※)、パーカッション追加、テンポ・フレーズ修正。
※楽曲制作時から制作環境が変化した影響で元データの音源のライセンス認証が消失したため、参考音源のボーカルデータはmixに使用したwaveデータを挿入している。
編曲1(インスト)

入りサビからイントロでのBPM変化を88→100から88→108に変更し、テンポアップした。
ピアノの音源を柔らかいものに変え、フレーズをセクションごとに変更し、同じテンポの中でもスピードの変化を感じられるようにした。
ヴァイオリンとチェロのソロには対位法の初歩的な技法を参考にドッペルコンチェルト的な副旋律を挿入した。コーラスを入れないことを前提に作曲したため、これらでメロディに豊かさを付与する意図があった。
ここでピアノと弦楽器ソロの原型ができた。
さらにパーカッションに小鼓や締太鼓のような音を追加し、囃子のような印象と音域を補強した。またあした編曲1-MIDI
展開に若干の変化がついたが、パーカッションのフレーズや各パートの強弱やタイミングが最初から最後まで一定のため、まだベタ打ちののっぺりとした印象が強く残る。
またあした編曲1-音源
VSTインストゥルメント
[Dr] Groove Agent SE4 – Ambience Kit 01
[Toms] HALion5 – Toms Select
[Perc] HALion5 – Pop Latin Kit
[Piano] HALion5 – Warm Grand
[Strings] HALion5 – Warm Orchestral Strings
[Vn] HALion5 – Violin Solo
[Vc] HALion5 – Cello Solo
[Vo] VOCALOID inst – megpoid V4

段階-2
編曲2
音源変更、ドラム・パーカッション各部分割、ベース追加、フレーズ修正。
編曲2(インスト)

楽曲全体のアレンジ構成がまとまってきたので、これまでのフレーズチェック用のものから実際に意図する音色にするために音源を変更し、同時にレコーディング時のマイキングを想定してMIDIトラックと音源のアウトプットを分割した。このあたりからmix時の処理も視野に入れ、音色をメインにした編曲を行った。

段階1ではベース部分はピアノの低音とストリングスセクションのコントラバスでと考えていたが、低音が薄く、やはりどこか不安定な印象が強かったことや音像定位の問題(特にコントラバスはオーケストラでは一般に上手側、客席から見て右側の端に配置されるため、オーケストラのセクション音源では右から聞こえる場合が多い)からベースを追加した。
その後、各パートにベロシティを書き込み、音色の変化をつけていった。
さらに、タイミングの正確さが重要になるリズム隊はテンポ通りに打ち込んだまま、楽曲の音楽的世界観を決定するバックの楽器群を大きく変化させていった。
ピアノはベースの追加に伴い音域を修正するとともに、MIDIのタイミングを揺らしていかにも打ち込みな印象を軽減した。サスティンの書き込みは実際のダンパー・ペダルの動きを参考にして、直線ではなく放物線を使い、パラメータの数値を変化させて踏み具合にも強弱をつけた。
弦楽器ソロはボウイングを鑑みたノートの重複や分割などの処理を行い、エクスプレッションで音色に変化をつけた。
ストリングスセクションはボイシングを修正し、トップノート(オーケストラではVn Iの部分)で音楽的な音の流れを掴んだ。またキースイッチで奏法を切り替え、エクスプレッションで盛り上がりを演出した。
これらのパートには生演奏のような質感を持たせられるよう意識した。またあした編曲2-MIDI
音源の変更と各パートの処理によって展開の変化がさらにはっきりと感じられるようになり、音に厚みが増して平坦な印象も薄れた。
またあした編曲2-音源
VSTインストゥルメント
[BD] Groove Agent SE4 – Green Diego
[SD] Groove Agent SE4 – Green Diego
[HH] Groove Agent SE4 – Green Diego
[Toms] Groove Agent SE4 – Green Diego
[Crash] Groove Agent SE4 – Green Diego
[Ride] Groove Agent SE4 – Green Diego
[Bass] HALion5 – Finger JB
[Perc] HALion5 – Pop Latin Kit
[Shaker] HALion5 – Pop Latin Kit
[Piano] HALion5 – Rock Bright
[Strings] Orchestral Suite – All Strings Ensemble Vel
[Vn] Orchestral Suite – Violin Vel
[Vc] Orchestral Suite – Cello Vel
[Vo] VOCALOID inst – megpoid V4

編曲-3
編曲3
さらに細かい調整。
編曲3(インスト)

各パートMIDIノート長、ADSR、アーティキュレーションなどのパラメータなどを調節し、全体のバランスを整理した。
またあした編曲3-MIDI
展開がさらにはっきりし、フレーズ、セクション間のつながりが滑らかになった。
またあした編曲3-音源
VSTインストゥルメント
[BD] Groove Agent SE4 – Green Diego
[SD] Groove Agent SE4 – Green Diego
[HH] Groove Agent SE4 – Green Diego
[Toms] Groove Agent SE4 – Green Diego
[Crash] Groove Agent SE4 – Green Diego
[Ride] Groove Agent SE4 – Green Diego
[Bass] HALion5 – Finger JB
[Perc] HALion5 – Pop Latin Kit
[Shaker] HALion5 – Pop Latin Kit
[Piano] HALion5 – Rock Bright
[Strings] Orchestral Suite – All Strings Ensemble Vel
[Vn] Orchestral Suite – Violin Vel
[Vc] Orchestral Suite – Cello Vel
[Vo] VOCALOID inst – megpoid V4

編曲-4
編曲4
段階3の各トラックを個別にオーディオ化、デモテープレベルの簡易的なバランス調整。
編曲4(インスト)

段階3から書き出したパラデータを取り込みサウンドチェックの後、音量バランス、定位、イコライジング、エフェクト等を簡易的に調整した。
またあした編曲4-パラデータ
コンプと空間系の処理によって粒が揃い、全体のサウンドが馴染んだ。
またあした編曲4-ミキサー

ミックス・マスタリング
2mix

以降は学内スタジオのPro Toolsにて音量調整ならびに編集。
ミックス・マスタリング工程については割愛。

考察
編曲で最も雰囲気が変わった箇所は段階2だった。やはりアーティキュレーションの有無が音楽の良さを決定づける要素であり、この部分に力を注ぐことで楽曲の魅力が決まると言えるだろう。今回は生演奏に近づけることを目的にしたが、打ち込みサウンドを前面に出す曲であっても同じことが言えると思う。昨今のポピュラー音楽は音数が多く厚いサウンドが目立つように感じるが、単に詰め込めば良いというものでもなく、抜くべきところは抜き、詰めるべきところには詰めるべきである。やはり展開があってこそ人は惹きつけられる。
楽曲全体の構成にはまだブラッシュアップの余地がある。制作から日が経つと、その時には気づかなかった部分が出てくる。今後の自分の音楽制作力を測る基準としてこの曲を参考にしておきたい。

まとめ
『DUO』に収録した5曲中、ボーカル楽曲は『またあした』『Azure』の2曲である。『またあした』はボーカロイドを使用した楽曲で特筆すべきメロディの音域制約がなく、演奏の外注もしなかったため作詞・作曲・編曲を全て自分で行えるかなり自由な制作だったのに対して、『Azure』は楽曲の参考イメージとして別の曲が指定されていること、実際に歌唱すること、オケが共同制作であることなど、これまでにないタイプの制作であった。
この卒業制作ならびに研究は大学4年間で学んだことの集大成となる。それと同時に自身の制作スタイルを振り返る良い機会となった。これまでに制作した他の曲も含めて自分のクセやカラーも見えてきたように思う。
また音源を選び直して何度も差し替えたり、デモテープを全トラックステレオデータで書き出したために、mix前にモノラルダウンして二度手間になったりと、制作時間の短縮や効率化のためにできることも多くあった。今回の気付きを以降の制作に活かしていきたい。